本城未沙子⇔本城未紗子『 Born to bloom 』

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最初で最後の。。。
(日頃 読んで下さっている皆様は、いつもの独り言だと思ってくださいませ。)


『 樋口 宗孝 様 』


これは私が樋口くんに書く、最初で最後のラヴレター、のつもりです。

だいたい手紙なんて渡した事ないものね。

「なんやねん、一体!?」って言ったでしょ?

まぁ、そう言わず最後まで読んでくださいよね。

私なりの告別式だと思って。



樋口宗孝という人に初めて逢ったのは、私が16歳の時でした。

7歳年上の樋口くんが、それはそれは大人に感じたのを憶えています。

今思い返しても、精神年齢40歳くらいだったんじゃない!?


高校2年生、17歳の夏休みになり、
LOUDNESSとの初レコーディングが箱根ロックウェルスタジオで始まりました。

合宿レコーディングだったので、夕食が終わるとスタッフも交えて花火したり、
スタジオ内での緊張感以外は、みんなで和気あいあいでしたよね。

あれから26年の月日が流れ、
樋口塾(!?)で鍛えられた私もオーバー40になり。

おかげ様で、すくすくと、こんなに生意気で強い性格に育ちました。

本当に妹さんのいる貴方には、血の繋がりのない頼りない妹が1人
増えてしまうことになりましたねぇ。
ひとりっ子の私には本当の兄のように信頼できる存在で、
貴方の叱咤×叱咤激励に支えられて、強靱な逞しい思春期を送る事ができました。

仕事に対する厳しさは並み大抵のものではなく、
よく叱られては悔しくて泣いた事も今は懐かしく思えます。

私が大人になってからも、会えば相変わらず心配してくれて。

バッタリ会う事も多く、そんな時に限ってどちらかが不調な時で、
元気をもらって「ありがと〜っ♪」と別れるみたいな事もあったね。

厳しさと優しさにあふれた人柄で、照れ屋なところもチャーミングで、
ホントに憎めない人よね。
だから喧嘩になっても許せてしまう。
人徳であるね。



実は、こうして書いていてもね、、、
貴方がいないという事・・・現実として受け止められていないのが本当なの。

書きながら、受け入れようとはしてるけど。

今日もね、歩きながら涙をこぼしている私の姿を見たら
「なにやってんねん!!」って叱られるなぁ、、、って思っていたけど、
もう少しだけ許してね。



ねぇ。
”人は2度死ぬ”って知ってた!?
1度目は物理的な死を迎えた時。
2度目は、その人の名前が人々の口から語られなくなった時、なんですって。

『樋口宗孝』の名前が語られなくなる時は永遠に来ないので、
貴方は1度だけ、、、という事になりますね。


本城未沙子のデビューアルバム『魔女伝説』と、2nd『13th』は私の誇りです。
だって宇宙一のロックドラマーが魂こめて叩いてくれたのですもの。

樋口宗孝の魂は、みんなの心に永遠に響き続けます。

みんなの魂を揺さぶり続けます。


この8カ月間、私達の想像を超える壮絶な闘病生活だったと思います。

最後までカッコイイ雄姿を見せてくれて。。。
ちょっと疲れたでしょ!?

少しだけ、ゆっくり休んでください。

少しだけ休んだら、また天空で叩いてください。

これからはカミナリが鳴ったらワンバスかどうかチェックしますからねっ。



そして、いつの日か私にも、
「まったくオマエは〜!!」って叱られに逝く日がきます。

その時まで、貴方の残してくれた音魂を胸に頑張ります(@^ ^@)


出逢ってくれて、ありがとう。

たくさんの優しさと厳しさを、ありがとう。


本当に本当に、ありがとう。








『 たくさんの感謝と愛情を込めて。。。本城 未沙子 』






心の声 | 01:00 | author 本城未沙子→本城未紗子 | - | -